井原 大寺さんは今年の3月11日におこなわれた「さよなら原発!かごしまパレード」のポスター(※1)のイラストを担当されるなど脱原発運動に積極的に参加されていますね。
大寺 これまで僕は、どんな状況であろうと、冷静にしていることが美徳であると、どこかで思っていました。だけど、もう、そういう場合ではないと。
パレード自体にも偏見があったのですが、初めて参加しました。友人から教えてもらった「初めてのデモ」というウェブサイト(※2)にあったガンジーの言葉―「あなたのおこなう行動が、ほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければなりません。それは世界を変えるためにではなく、あなたが世界によって変えられないようにするためにです」―に勇気づけられたんです。ガツンと突きつけられるものがありました。
井原 僕も初めてパレードに参加したのですが、2000人の思いを同じにする人たちと行進していると内から沸き上がるものがありましたね。まだまだ少ないと思いますが、鹿児島でもこれだけの規模のパレードができるのかと感動しました。
多少はストレス解消にもなりました。なにしろ、日々官僚と政治家の欺瞞的な言葉遣いを聞かされて鬱屈していましたからね。東京大学教授の安冨歩氏がその種のレトリックを「東大話法」と名付けています(※3)。東大教授が言うのだから間違ありません(笑)。
最近でも「国民の生活を守るために原発を…止める」ではなく、「…再稼働すべきというのが私の判断だ」なんて、話半分に聞かないと頭がヘンになりますよ。
大寺 そうですね。生活は守るけど、命を守るとまでは言っていません。「責任は私が取る」と言われても、じゃあどうしてくれるんだと。首を差し出されても嬉しくないですよ。政治家の言葉はこれまで以上に重みがなくなっていますね。
井原 全国紙の世論調査によれば、最低でも44パーセント、最大で71パーセントの人たちが大飯原発再稼働に反対しています。
大寺 再稼働やむなし、と言っている人たちは、福島の教訓を全く無視しています。ああいう事態が自分の街で起きたら? それくらい想像できるはずなのですが。
井原 想像力の欠如か、確信犯か。それとも、情報不足か。僕自身、これまで原発の実情を知ろうとしなかったことが、最大の問題だったと反省しています。で、蓋を開けてみると、「なんだこれは!?」という世界が広がっていました。
福島の原発事故以前、反原発運動は最左翼がやる運動のように思っていました。そういう運動をする人たちに敬意は表するけれども、自分が積極的にそこに参加することは考えられませんでした。
ある特定のイデオロギーに染まってはいけないと思っていましたし、今でもそう思っています。しかし、原発推進と反対において中立などという立場はないことが今回の原発事故で明らかになりました。何も言わないことは、すなわち容認することです。容認はできないので、反対します。
大寺 間違った事が起きていれば、本気で怒って、行動しなくてはいけないですよね。普段は対立構造にあるような業種、個人、なるべく多くの人が同じ方向に視線を注ぐことで、透明性の高い民意が生まれると思うんです。
今は、昔のように特定の団体を結成しなくても、個人個人が集まって、純粋な民意だけでぶつかっていけるはずなんです。
井原 インターネットの力は大きいですよね。
1984年のマッキントッシュのCM(※4)は「1984年がなぜ『1984年』のようにならないかあなたにもおわかりいただけるでしょう」というものでした。『1984年』は、言うまでもなく、全体主義国家を描くオーウェルの1949年のディストピア小説のタイトルです。
最近見なおしたのですが、密集行進法で大きな講堂へと入る従順な労働者たちが日本人に見えてくる(笑)。
大寺 素直に笑える日本人は少ないと思いますね。同調圧力、言論統制、自主規制、さまざまな不自由が個人を取り囲んでいます。
記憶に新しい「ジャスミン革命」のような民主化運動の動きは、日本、特に被災地に近い場所でも始まっています。昨日も、首相官邸前で大飯原発再稼働に反対する大規模なデモが行われました。20万人が集まった。ネットで写真を見たとき、自然と涙がこみ上げてきました。
コレまで、自分は「歴史の中で生きている」という実感がなかったんですが、それは、人生の大部分が、システムに従うように設計されているからなんですね。ああいうデモを見ると、自分の力で動かさないといけない、歴史を変えなくてはいけないという民衆の強い意志がハッキリと伝わってきます。
残念ながら、そうした熱意や現象が鹿児島で暮らす人たちまで波及しているかというと、まだまだだと思うんです。先日も友人が「最近の大寺はちょっと政治活動をやり過ぎているんじゃないか」と心配してくれましたが、「もう冷静でいられる段階じゃない」と答えました。空気を読むだけの若者たちも、これから変わると信じています。
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井原 吉本隆明氏が「『反原発』でサルになる!」という論争的なインタビュー記事(『週刊新潮』2012.1.5-12合併号)を残して今年の3月に亡くなりました。2011年8月5日付「日本経済新聞」のインタビュー記事でも同様の趣旨の発言をしています。
論旨はこうです。原発をやめる、という選択肢は考えられない。危険な場所まで科学を発達させたことを人類の知恵が生み出した原罪と考えて、科学者と現場スタッフの知恵を集め、お金をかけて完璧な防御装置をつくる以外に方法はない、と。
これを読んで唖然としましたね。宗教的な隠喩を使うのもどうかと思いますが、原発を手放すことは決して未開に戻ることではありません。以前の対談(※5)でも言いましたが、原発は40年以上前のテクノロジーです。テクノロジーの進歩が人間の「原罪」であるならば、まさしく次の段階に進むべきです。
クリーンで効率のよいガスタービン発電もあれば、再生可能エネルギーもある。なにも超危険な原子力エネルギーでお湯を沸かさなくても、タービンを回す方法、発電する方法はいくらでもあると思いますよ。
大寺 吉本氏の言っていること、確かに古く聞こえますね。
神戸大学大学院海事科学研究科の西岡俊久教授が「海洋エネルギーを活用した大規模発電装置の仕組みを発明した」という記事を読みました(※6)。海をダムに見立てて、原発1000基分の電力を生み出すとか。
実現できるかどうか今の僕には判断できませんが、この例で解る通り、止めることから派生するアイデアや雇用は無数にあると思います。
井原 足を引っ張っているのは原発利権と一旦廃炉が決まれば「不良債権化」する原発自身です。
大寺 やはり、間違ったものを生み出してしまったのですから、きちんと終息させることも高度な文明でしかできないことだと思います。
井原 コスト、リスク、資源の点で、原発には将来性がないことが明らかになりました。原発の廃炉や放射性廃棄物の処理にも本格的に取り組まなければならない段階に来ています。
福島の原発事故を教訓にドイツ、イタリア、スイス、ベルギーなどが脱原発に舵を切る中、日本は完全に遅れをとっています。世界で進む脱原発の流れを国民の民意で加速させられるかどうか。
1995年の阪神・淡路大震災以降、日本は地震の活動期に入ってしまったので、ぐずぐずしているとまた事故が起こるかもしれません。
大寺 桜島や新燃岳はここのところ噴火の回数が増えています。火山灰は鹿児島名物という楽観論もあるようですが、非常に解りやすい警告を出し続けてくれていると、自然からの声を真摯に受け止めないといけません。
なぜ日本がきちんと「脱原発」への舵取りをしないのか、本当に不思議なんですよ。
井原 放射性廃棄物の問題ひとつとっても、原発は動かすべきではないと思います。
未来から振り返って現代を見たときに、この時代の人たちはなんと愚かなことをしてくれたのだと、おぞましく思うことでしょうね。自分たちの身勝手な理由で、10万年以上管理が必要な高レベル放射性廃棄物を生み出し続けているのですから。未来への「負の遺産」はこれ以上生み出すべきではありません。
大寺 現代文明病の末期症状として、今回の事故は起こってしまったと思います。普通の思考回路であれば、命の問題が優先されるはずですよね。
映画の中では、機械文明対原始文明の様な構図が何度も語られています。最近では「アバター」が良い例ですね。そして、ほとんど原始文明が勝つんです。
ただ、趣旨としては、原始に戻れという訳ではなく「人間の人間らしい生き方」を取り戻しましょう、という単純なことなんだと思います。外に出て行った「生きていく力・知恵」を自らの肉体に取り戻して行く。そういう流れがこれからの未来なんだと思います。
一人に一台、自家用車が必要なのか?など、これまでの大量消費社会を見直して、小さな暮らしに切り替えていくことが必要でしょうね。「一極集中・大量消費」から「多極分散・小さな暮らし」へ。とにかく、他人事ではなく自分の足下から変えていく。
鹿児島から始まる、原発のない社会を見てみたいですね。
(2012.6.30)
※1 ohtematic.com:3.11 さよなら原発!かごしまパレード Goodbye, Nuclear Power Plants! Parade in KAGOHIMA
※2 How-Toガイド「はじめてのデモ」by いるといらとその仲間たち (バージョン 1.1)
※3 安冨歩 『原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語―』 明石書店、2012年
※4 1984年のスーパーボウル中継で放映されたアップルのマッキントッシュのCM(リドリー・スコット監督)
※5 under’s high 2011/Spring/vol.17 対談「21世紀の残り90年をどう生きるか?」2011.4.9
※6 海の“巨大ダム”で発電 神戸大発案、ネプチューン – 47NEWS