ミカクニンテンの打ち上げは、なかった。この後あるかも知れないが・・・。
搬出作業を手伝った後、展覧会のテンションを保つために、一人で駅ビルにある映画館に行き「ローグ・ワン」2回目の鑑賞。なかなかの傑作である。今回は地味に地味に物語を作り上げて、ラスト30分で一気に畳み掛ける構成がいい。「ため」が効いている。そのため、前半部分の内容はほとんど忘れてしまうのである。そして、また見に行こう〜っと、っていうコトになるのである。もうそろそろ劇場公開は終わりそうだけど。
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そして、暇な時が訪れた。実は暇ではないんだけど。例えは悪いけどアメリカ映画に出てくる「ベトナム帰還兵」に近いのかも知れないなあ。
今日は、家でのんびりと仕事をした。一時間で終わる予定が6時間くらいかかってしまった。以前、友人のイラストレーターが「忙しい時はものすごいピッチで仕事をする、暇な時は暇なりのピッチに変わる」と語っていた。「だからいつも時間がないんだ」とその話は続いたのだった。確かにそうだ。本当は、暇な時に、忙しい時の速度で仕事が進められたら、休日が生まれるんだろう。9時〜5時で働いているビジネスマンにも、そんな意識があるのかな。
Monthly: 2017年2月
暇な時
ミカクニンテンのオープニングパーティー
今回の主役4名は、オープニングパーティーの意味を理解していないようだった。というより、行った経験がないと言っていた。搬入の日「明日は普段着で来る予定」と言っていたメンバーの一人に「そんな考えではダメだ」と注意した。
招待する側であり、作品を売る側であるから、少なくともスーツを着用するようにと言った。本当はスーツではなく、ステージ衣装のような、あるいは極端な仮装のような姿がいい。とにかく、ウルサめに「作家たるものは論」を色々と説明したので、当日、メンバーの一人がそれぞれのテーマカラーの蝶ネクタイを作ってきてくれた。これは嬉しかった。
とにかく、人に見てもらってナンボの仕事だ。それはもちろん、作品だけでなく作家自身を見られることにも繋がっている・・・。
地味なシャツを着てきた1名には、オープニング直前に僕が着古したリンゴ柄のシャツをプレゼントした。
パーティーには想像以上の人たちが来てくれた。みんなが祝福してくれていた。本当に良かった。この場の空気が何を物語っているのか、彼らに伝わっているといいな。
色々と書いていて、自分がジジイの立場であることを実感しています。
ミカクニンテン無事終了
おかげさまで昨日(2/5)、ミカクニンテンが無事終了しました。僕は会期中3日しか足を運べませんでしたが、お客さんは常に途切れず、トータルで400人ほどの方々に鑑賞していただくことが出来ました。ご来場いただいた皆様、どうもありがとうございました。
今回は、企画・監修として携わり、作品の内容については最低限のアドバイスのみ、という役割に徹しました。26歳から22歳までの若手4人、展覧会を通じて何かしら得るものがあったと思いますが・・・どうだったのでしょうか。
自分が、最近感じている恐怖は、「イラストレーションという概念」が急速に「アニメやマンガ」と区別がつかなくなってきていることです。実際、もうそんな壁は存在しないのかも知れません。
当然、若者たちの営業活動領域というのは、コミケやアートイベント、web上ではpixivなどのサービスが中心になっているのでしょう。何の影響なのか一概には言えませんが、村上隆のようなハイアートがアニメや漫画と親和性が高いことにも起因しています。自分が心がけてきた、デザインやイラストの領域は、その間に挟まれた実に中途半端な立ち位置、と世の中からは受け取られているのかも知れませんし、そんなことは気にも止められていないのかも知れません。
自分の生き甲斐ややり甲斐は、影響を受けた時代性から「グラフィックデザインの文脈でのイラストレーション」にほぼ依存しています。
おそらく、この領域に関わる人の数は少なくなってくると思われます。だからこそやり甲斐がある。今回の展覧会のスタイルも、自分が肌で感じてきたやり方を若い世代に伝えたかっただけなのです。
これからの世界
内山節氏の「米大統領選が示したもの」。11月28日の記事ですが、何度も読み返したくなります。自分がここ15年ほどで感じていることが簡潔に表現されています。特に、結論の部分で自然や田舎に言及しているところ。そうなんです、建前、見栄や嘘のない世界です。僕はトランプの支持者ではありませんが、彼はかなり先を見据えた上で、今嫌われ者の役を演じているのではないかと思っています。思っている・・・というのは、そのように強く感じ続けていないと、自分が生きていく上でもストレスになってしまうからに他なりません。
今は世界が大混乱していますが、より良い世界に変化するための一歩であると、みんなが信じることが、一番必要とされている感覚です。この混乱を機に憎しみ合いや戦争が起こってしまうことだけは、何としてでも避けなくては。ヨーダも言っていました「恐れは怒りに怒りは憎しみに憎しみは苦痛へ」と。ひとまず恐れないことが大切ですよね。