連載小説・昭和の高校生 第八回
もう、自分には解らない・・・。「何かを発見できるのではないか」という期待は、しばらくしてゼロになった。いたたまれなくなった牧夫は、12本のテープを紙袋に入れ「ちょっと出かけてくるわ〜」と母に言い残し、家を飛び出した。もう夜だ。テープを買ったディスカウントストアのある商店街へと自転車で向かった。駅へと伸びる中央のアーケードから、横へ入る小道がいくつかある。目印になっている「はぎれ屋さん」を曲がり、以前から気になっていた喫茶店「マティカ」に入ることにした。(matica)・・・金属プレートがくり抜かれ、後ろからぼんやりとライトが当たり、そのロゴが発光して見える。高校生では、ちょっと敷居の高い店構えだったが、今の牧夫には勢いがあった「この時を逃してたまるか」。重たい木製のドアを開けると、風鈴とカウベルを足した様な音が響いた。薄暗い店内を見回すと、天井と壁に、カタチの異なる木材や布が不規則に貼り付けられていた。これは何だろうか。店の奥には木製のラックに膨大な量のLPレコード。更に目を細めて観察すると、店の基礎と一体になったコンクリート製の土台には、これまで見たこともないオーディオ装置がズラリと並んでいた。ブルーのメーターが4基、ほんのりと浮かび上がっている。そして、スピーカー。これも、牧夫が初めて目にする生き物の様な形相をしていた。店の主であるかのごとく、奥の壁に鎮座しているといった感じで、大きい。客席はざっと数えて20席ほど、そんなに広くはない。カウンターに1人、白髪の男が座っている。年齢はわからない。そしてスピーカーの正面には1人、背の高そうな45歳くらいのおじさんが、じっと音楽に聴き入っていた。その姿勢を見て初めてジャズが流れている事に気が付いた。緊張のあまり、聴覚が閉ざされていたらしい。