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date 2006.10.15
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連載小説・昭和の高校生 第九回


店内は、これまで描いていたジャズ喫茶のイメージとは異なり、丁寧に掃除されている感じ。煙草の香りもしなかった。「風鈴+カウベル」の音を聞きつけて、カウンターの奥からマスター(と思われる人物)が静かに顔を覗かせて微笑んでいた。50歳くらいだろうか・・・痩せているが引き締まっていて、格闘家の様だ。牧夫は指をくるくると回して「どこへ座ればいいのか?」と合図をしてみた。マスター風の男は無言だが優しい目で、「どこへでもどうぞ」と言った仕草をしてくれた。緊張の糸がちょっとほぐれて、窓に接した席に着いた。(20席あると言っても、カウンターと、スピーカーの正面付近は、陣取られている感じがあった)こういうお店では、私語を慎まなければいけないのだろうか?牧夫は、注文を取りに来た時しかチャンスはないと考えた。緊張感をほぐそうと、メニューを手に取りながら窓の外を眺めてみた。いつもの商店街が違って見える。はぎれ屋さんはシャッターを下ろそうとしているが、奇妙な柄の布ばかりが目に入ってくる「誰も買わないだろ・・」。子連れの4人が通り過ぎたが、これも「訳あり家族」という具合に映った。牧夫は浪人が確定して以来、世の中の見方が変わってしまった事を実感した。「地に足がついていない状況」を初めて味わっている。その世界の入り口として「マティカ」を選んだのだ。マスターと思われる人物がやってきた。「ブレンドコーヒー下さい、それから、あ、あの・・相談があるんですけど、いいですか?」用意していた台詞を思い切ってぶつけてみた。「わかりました」とマスター風は言って、カウンターの奥に戻っていった。この「わかりました」は、ブレンドの事か、相談の事なのか牧夫には解らなかった。その時、スピーカーの正面に座っていた背の高い男がニヤッと振り向いた。サングラスをかけていたが、そのレンズの奥で、発光ダイオードの様な赤い光が一瞬キラッとして、牧夫は背筋が凍った。同時に、白髪の男もこちらも向いた。老人ではないが想像以上に毛むくじゃらで、顔の殆どが髭で覆われていた。「サイボーグと雪男だ〜!」牧夫は心の中で叫んで、両腕で自分の体をガードする様なポースを取り、目を閉じた。

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