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date 2006.12.3
category living
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連載小説・昭和の高校生 第十七回


「マスター、有り難うございます」牧夫は上がった心拍を押さえながらそう言った。このあと引き続いてB面、そして他の11本についても聴きたかった。しかしこれ以上、三人に甘える訳にもいかず、牧夫は家に帰ることを決めた。この感動をどう保てるか不安ではあった、しかしこのタイミングを逃せば、濃密な時間の渦に巻き込まれ、平気で一週間でも過ごせてしまう。それだけ価値のある居心地だ。しかし今回は薫子の件が最重要課題・・・牧夫はそう思い切り出した「みなさん・・・突然、すみませんでした。どうも有り難うございました・・今日は帰ります・・・ところで・・・お幾らですか。」牧夫がそう言うと、マスターは優しい目で「いいから行きなさい」という仕草をしてくれた。サイボーグがマスターからカセットを受け取り、牧夫に手渡した。「どうも・・・」牧夫はカバンにそれをしまい込み、もう一度深く一礼してからドアを開けた。(このお礼は、一区切り着いたら必ず・・・。)風鈴とカウベルの音が鳴りやまないうちに、牧夫は自転車にまたがった。漕ぎ出そうとしたその時、もう一度ドアが開き雪男が出てきた、そして一言「サチ・アレ」とつぶやいた。(サチアレ?)解りづらい言葉が頭の中をぐるぐるとまわったが、数秒後に理解に至り、牧夫は片手で拳を作ってみせた。雪男は、暗い商店街にポツリと浮かび上がるマティカをバックに立ち続け、牧夫の姿が見えなくなるまで動かなかった。背中にその視線を感じつつ、牧夫は自転車を走らせた。(有り難う。雪男さん・・・そういえば名前を聞かなかった・・・)サドルもハンドルも風も冷たかったが、牧夫の体にはその状況に打ち勝つだけの十分な血液が流れていた。

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