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date 2014.11.10
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好奇心と行動

好奇心と行動

この話題もそろそろ終わりにしないと友達がいなくなるよな・・・という心配をしなくてはいけない日本の社会。そうした精神構造自体をひとりひとりが克服しない限り、未来は明るくないと思ってしまいます。「職場の自分」と「プライベートな自分」が分かれていない。公私の区別なく暮らしている。僕は、職場と家庭環境は場所として近い(あるいは同じ)方が望ましいと思う在宅勤務推奨派だけれども、それを実現するためには、職能、政治信条、宗教観、家庭での役割を分けて考える必要があると思っています。再稼働については、本当は命の問題なのに、いつの間にか政治信条の問題にすり替えられてしまったり、反原発、脱原発というだけで「何にでも反対する連中」というレッテルを貼る人もいた様です。普段は違う宗教、あるいは違う支持政党を持っていても、原発を語るときは命の言葉を使って・・・子供を産む、守るといった生命としての根源的な役割を軸に、平等な議論が出来る筈でした。この事を語ると仲間がいなくなる、出世が危ぶまれるという空気が、原発を動かしたい人の背中を後押ししてしまったのではないでしょうか。香港で、若者が選挙制度の是非を巡って闘っている様子が伝えられています。あのような感情の持ち方は、日本においては成長の過程でどんどんと削ぎ落とされてしまうのではないでしょうか。社畜という言葉がありますが、知らず知らずのうちに私たちは言葉を持たない動物として、国に飼われている状態にされているのかも知れません。では、何が必要なのか?好奇心を持つこと、感動すること、表現すること、行動することなのではと思います。美術教育の時間がどんどん減っているらしいのですが、これは、自由に表現出来る人も減っていくということに他なりませんね。

Comments: 2 comments

  1. 正に、同感です。今回の原発問題にしても、組織の中では個人の意見は禁句、組織人として行動することが国家のためである・・・、みたいな。無気力、無感動、無関心これでは日本の未来はどうなっちゃうんでしょうね~。自分が生きている間は何事もなくとも将来を憂いて死にたくはないです。
  2. ohtematic

    千田さん、お返事が遅くなりました。申し訳ございません。
    鹿児島は、シャイな方が多いですね。先輩後輩の関係性が出来ると、もう自分の意見は言えないという風潮があるのかなあ。
    個人がそれぞれ意見を出し合って、風通しの良い社会になればいいですね。その上で再稼動なら納得出来るけど、議論されていないから、腹立たしいわけです。