「フォースの覚醒」について語る(2)
・監督の采配とは別に、今回、ジョージ・ルーカスの手を離れディズニー配給になったことで、新しいSWシリーズがどんな方向に行くのか、やはりファンは不安だったんです。お馴染みのシンデレラ城から始まるのか?という部分まで含めて。しかし、こちらもディズニーの気遣いが際立っていました。今回感じたのは、ディズニー配給になったことで、SWの結末は人類が滅亡するまで永遠に引き伸ばされた・・・一つのプラットフォームになったということです。「SWという公共料金」を一生払い続けるというイメージ。これまでのSWシリーズは独立採算制・究極のインディペンデント映画としても有名。ハリウッドの映画製作システムから離れたルーカス個人の作家性が重んじられていましたので「ルーカスの寿命=SWの寿命」ではあったんです。
・ここまで、やや俯瞰した語り口になってしまっているのは、相当な時間が流れたからです。1回目鑑賞時の最初の印象はかなりのもので、一言で表現するなら「茫然自失」だったんです。主な原因は「エピソード1」鑑賞後の、新しいシリーズが始まったという高揚感がなかったことなんです。フレッシュなアイデアが見られず(細い部分ではキリがないほどありましたよ)、どこかで見たようなSW世界ばかりが展開されていたから。ものすごく凝縮された話なんだけど、SWのベスト盤的な意味合いがあまりにも大きすぎた。ルーカスも今回の作品については「レトロ趣味」という表現を使ったようです。言い方を変えれば、自分が想像していたSW世界よりも矮小化していた。という感情から、茫然自失になったんですね。これは二回目鑑賞後に、ようやく落ち着きを取り戻して確証したんですが、人物描写についてはこれまでのSWよりも丁寧に感じます。ポーとフィンの友情の強固さは、短いシーンですが、ルークとハンを上回っている様に感じますし、レイやカイロ・レンの苦悩する様子や覚醒する様、これも見事なものでした。














