
近所の某量販店で家族がRHODIAのファクス用紙やメモ帳を買ってきました。1000円が140円という信じられないディスカウント率。(もともとが高めなんですが)ファクスは、確かに最近あまり使われなくなってしまったけれども、便せんとして使えばお洒落だと思います。(そういえば手紙も書かないのか・・・。)

近所の某量販店で家族がRHODIAのファクス用紙やメモ帳を買ってきました。1000円が140円という信じられないディスカウント率。(もともとが高めなんですが)ファクスは、確かに最近あまり使われなくなってしまったけれども、便せんとして使えばお洒落だと思います。(そういえば手紙も書かないのか・・・。)

今年は、1日から2件連続で地域の新年会に出席しました。正月早々・・・、と思う方もいるかも知れませんが、近所の方々と顔を合わせるというのは、この歳になると意外と気持ちよく感じられるもの。普段は鹿児島県外で学んだり働いたりしている、今年20歳になる若者の挨拶があったり、スポーツ少年団の決意表明があったり。
そして、凧上げをしましたよ。風がそこそこ強かったので上手く上がるかと思ったのですが、凧の出来が悪いのかイマイチ・・・。で、ご覧の通り、凧上げっていうのは、冬場使われていない「田んぼ」でするのが一番いいんです。あぜ道を走って!広大な敷地に誰もいないし、凧上げ以外では使われていないという贅沢な状況ですが、凧上げ大会とかやったら面白いんじゃないかなあ〜。

あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。
午年・・・今年はトシオトコであります。「不惑の40代」などと世間では言われている様ですが、まだまだ、迷い、模索の日々です。
そんな訳で、通常のイラスト業務は年末年始も営業しております。
新春スペシャルとして(想定読者数・20人)、これまでの半生を振り返りたいと思います。(「む展の人々30年」という冊子からの転載です。)
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大寺聡の半生
国立二小のソフトボール選抜チームでピッチャーとして活躍。決勝まで勝ち残る腕前だった。中1の冬まではバレーボール部に所属するスポーツ少年。本当は漫画家になりたかったのに「自分を・偽って・いた」(ポーン♬ピアノの音)。放課後、部活で費やされる膨大な時間を勿体ないと感じる様になり先生に泣きながら退部を申し出る。「大寺、部活やめるってよ!」とごく少数が大騒ぎ。それ以降はひたすらクリエイティブ活動。同じ帰宅部仲間とラジオドラマを制作したり、同人誌を作ったりと、自由な時間〜そして創造の楽しさを知る。三鷹高校時代は漫画研究同好会の会長に就任。校内に落ちている空き瓶を換金し活動資金にしていた。この頃の日本のマンガ、アニメについての知識は殆どなく、小学校6年の時にカルチャーショックを受けた映画「スター・ウォーズ」以降はその手のSF感覚に取り憑かれ雑誌「スターログ」などを読む毎日。長岡秀星やシド・ミードなどのSFアートが絵の原風景と言える。ところが美大受験を志す頃からポップアートや日比野克彦らの芸大旋風などの感覚も脳内でミックスされていく。ムサビ時代はバブル後期で世の中の浮かれ方には疑問を感じていたが、デザインや広告のブームに助けられていた面もある。そんな中、絵を描く仲間たちと「就職したら人生終わり」という思想の下、「就職しない活動」をしていた。フジテレビでアルバイトをしながら営業営業また営業。ムサビで卒業制作をしていた1989年の大晦日に父が他界。故郷を捨て都会に定住することの意味についてあれこれと考える。28歳の時に独立、数年の準備期間を経て、活動拠点を東京から本籍地である吹上町永吉に移す。インターネット社会が実現され「情報としての自分」という基軸が生まれたことが大きい。また「通勤」というライフスタイルが、家庭や地域が壊れ一極集中型社会を加速させた一因だと思っているので「お父さんは昼間から家にいる方がいい」が信条の在宅勤務。現在三人(8、5、3歳の男の子)の子育て中。
21時就寝3時起床という生活スタイルをブログなどで公表していたところ、それが原因なのか別の要因があるのか最近は誰からも飲み会に誘われなくなってしまった(汗)。

2013年、充実した一年でした。みなさま、どうも有り難うございました。
通常のイラスト業務以外の主な活動は・・・
4月14日〜4月21日 「私の本棚展」@レトロフトmuseo
4月17日「蓑笠市」と「ODK」(おしかけデザインかごしま)@永吉商店街一帯
6月1日〜6月30日 鹿児島イラストレーターズ展 @U1 SPACE 鹿児島・薩摩川内市隈之城
6月21日〜6月27日 「西田橋の拓本と美術家たち」@かごしま県民交流センター
8月9日・10日 九州ADC@福岡アジア美術館
9月25日〜9月29日「第30回む展」@鹿児島市立美術館
9月26日〜10月1日 P≠SHOP in NAGOYA @ユーロJスペース名古屋
10月12日〜27日 P≠SHOP in NAGOYA @leaf(名古屋)
12月21日〜25日 P≠SHOP on X’mas @マルヤガーデンズ garden4
12月27日 「歳の市」@永吉商店街一帯
・・・と、こんな感じです。他にもあったかも知れませんが、あっという間の一年でした。
「大量消費社会から小さな暮らしへ」の実現が、このようなイベントを通して見えて来た一年でもありました。また、福岡や宮崎で行われたデザイン関係のイベントに出席したことで、九州で活動する方々に接して「何か面白い事が始まるのではないか」という予兆を感じました。東京の街は五輪が決まって更に膨らむ姿勢を見せたけれども、きっと、九州は九州で、21世紀型の暮らしを模索し、いい方向に進んで行くだろうという、そういう実感が得られた年だったと思っています。
どうか、来年もどうぞよろしくお願い致します。
皆様にとって2014年が素晴らしい年となります様に。

12月27日、永吉商店街一帯で「歳の市」が開かれました。参加して頂いた皆様、ご来場者の皆様、どうも有り難うございました。寒く、風の強い日で残念でしたが、充実したひとときでした。今回は、スペシャルライブが3本。まずは「中村てつろう」さん。昨年、僕がシングル「しあわせのはな」のジャケットのデザインを担当させていただいた方です。後半のステージでは(寒さ対策もあるのか?)子供たちが歌に合わせて踊りまくっていました〜!ご本人も、自分の歌でこんなに踊ってもらったのは初めて〜感動したとおっしゃっていました。中村さんは書の世界でもご活躍で、来場者からリクエストされた文字を書いていらっしゃいました。司会を努めてくださったのは、永吉出身で、世界を舞台にスポーツイベントなどを企画されたり・・・幅広いご活躍をされている今井美香さん。今回はたまたま帰省中で、お手伝いして頂きました。
次のステージは「満冨啓城」さん。満冨さんも最近セカンドシングルを発売されたばかり。さきほどの中村さんと同様、平田みずほさんのスタジオでレコーディングやマスタリングを行いました。同じく僕がジャケットを担当させて頂きました。何だか、とても小さな集まり・・・(印刷や、CDのプレスを除いて)日置市の中で完結された仕事でした。
最後は、鹿児島初アイドルユニット「サザンクロス」の登場。この時はさすがにあたりの空気が一変した様な感じがしました。センターの愛華さんが日置の出身で、しかも永吉のあたりは通学路だった!ということで・・・まさに地域密着的な盛り上がりを見せてくれました。最近特に、地元を離れなくても(文化的な意味で)特に困る事はない、充分すぎるくらいの動きが出て来ている様に思います。
今回は音楽ステージの充実ぶりに、飲食関係のネタを省略してしまいましたが、小さな街の小さなイベントにしては、大成功だったと思います。次回は4/17の蓑笠市です、また、この日に向けていろいろとアイデアを考えようと思っています。


国道270号線と県道299号線がぶつかるところに「池ノ上」というバス停があります。私のアトリエから西へ1キロほど・・・黒坂という坂を登り切った場所。今はこれといって特徴のある風景ではないのですが、僕には何かのエネルギーがたまっている様に感じられます。上の写真は、ちょっと前の風景。看板が乱雑に立ち並んで、街の風景を壊している様に見えます。そう見えない人の方が多いかも知れませんね、感心がないというか。ラッキーな事に、たまたま、僕は地権者の方から相談を受けたんです「看板が古びてきたのでどうにか出来ないでしょうか?」と。以前から、鹿児島の看板には疑問を感じていたので、下の合成写真(つたない出来ですが)を作成し企画書を書いて、地権者の方と話し合ったのです。とにかく、インクジェットの看板は味気ないし、色が褪せたら見栄えが悪く、しかも貼り直しにもコストがかかります。僕は敢えて、木材にペイントするという、昔のやり方で良いと提案しました。色が褪せても味が出るし、塗り直しも、自分でやろうと思えば出来ると・・・。更に、空いているスペースは芝生を貼って、実のなる木を植え、駐車スペースも4台分くらい確保して欲しいと提案しました。ちょっとした公園になりますよ、と。地権者の方は、大変頭の柔らかい方で、僕のアイデアを全面的に受け入れてくれました。
別に、何て事はない話なのかも知れませんが、看板だけ、よ〜く注意しながら運転してみてください。街の風景の重要なアクセントになっているのが解ると思います。少しずつ、当たり前の・・・景色と喧嘩しない様な看板が増えるといいですね。

12月19日(金)、かごしま県民交流センターで行われた「第64回鹿児島県高校美術展/表彰式・シンポジウム」に出席してきました。離島も含め、鹿児島県内から美術が好きな学生が集まる一大イベント。高校球児にとっての甲子園・・・のようなものだと考えてもいいかも知れません。既に会期終了となっていますが、23日(月)まで鹿児島市立美術館では入賞作品展が行われていました。今回はそのシンポジウムにおいて、「田舎暮らしとイラストレーターの仕事」というタイトルで約45分の講演を行いました。美術大学に進んだ経緯、2000年に移住して来たこと、田舎でも在宅勤務で県外からの仕事を受けられる事などなど・・・。
僕は東京で育ち、美術部には所属していましたが幽霊部員で、漫画研究同好会で会長をしていました。ただ、予備校で描いたデッサンを美術の先生に講評して頂いたり・・・美術室は教室以上に入り浸っていました。今回、鹿児島の美術教育の現場に触れ感じた事は、先生方の熱い想いと、学生に対する手厚いフォローでした。自分がそこまで学校にしてもらった記憶がないので新鮮だったとも言えます。鹿児島に美術ファンが多いのは、こうした地道な取り組みが続いてきた結果なのだろうと、妙に納得してしまいました。それはそれで、大変いいコトなのだと思います。僕が気掛りなのは、学生たちが、その教育の仕組みから「外の世界をどれだけ見られるのか?」ということです。美術が好きでも、美術関係に就職する学生が少ない、というお話も、表彰式の総評の中で出てきました。(「趣味としての美術」を続ける人は多いのでしょう。)専門学校でイラストを教えていますが、優秀な学生も何故だか関係のない仕事に就いてしまいます。いや、そもそも就職する必要なんてあるのか?(日本では就職ではなく就社と言われる)若い人に夢がないと良く言われますが、美術やデザインの業界に、手本となる様なヒーローが不在なのかも知れません(存在していても、ネット社会の弊害で学生には見えない)。不在の今だからこそ、カウンターカルチャーとしての美術が果たす役割も非常に大きいと思うのですが。美術に携わり、それを生業とする人(出来れば教職員以外で)が増える事で文化度が上がるのが理想の世界です。
(写真は出番を待っているときにステージを捉えたもの。緊張しました・・・。)

桜島在住の画家、野添宗男さんから「桜島こみかん」を頂きました。お庭で収穫されたものだそう。有り難うございます。「世界最小のみかん」とも言われている通り、本当に小さいです。すっぱいのかと思いきや、甘さや味、食感は普通のみかんと変わらないところがスゴイですね〜。