連載小説・昭和の高校生 第十四回
帰り道、牧夫は後部座席、サイボーグの隣に座った、運転しているマスターに聞こえないくらいの声で会話が続いた。「いいか、ルーザー。君の年齢まではいい。みんなきちんと音楽を聴いている。しかし不思議な事に、そこでセンスがストップしてしまうんだよ。これから、周りで音楽を聴く人は次第に減る。映画を観る人も減るんだ。何故かな?少なくともマティカの扉をたたいた以上、今の好奇心を忘れず、音楽を聴き続けるんだ。新しいものをね。吹奏楽部の仲間も加速度的に趣味が悪くなるぞ。これまでの生活は、与えられた部分が多かった筈だ、今、自分の勉強部屋から見える景色は、親が与えてくれたものだろう。しかしこれから・・・窓の景色は自分で作るんだ。そのための探求だよ、音楽はね」自分の趣向などあまり考える事のなかった牧夫は、全てを見抜かれていた気がした。サイボーグは続けた「何故か、ある共通項を持ったキャラクターがマティカには集まるんだ。独特の匂いを嗅ぎつけた人だけが入るお店さ。そういう意味で、君は・・・どこか・・・なにか・・・がある筈だよ。オレが最初にマスターと会話をした時にこう聞かれたんだ『君の思い描く山は高いか?』と。オレは反射的に、目標の事を遠回しに聞いたんだと思って、『高いでしょう。』と返したんだ。するとマスターは『違う。山は、風雨にさらされ、周りが削られて残った場所なんだ』こう言ったんだよ。つまり、グラウンドレベルだったと。信じる場所に立ち続けていれば、知らぬ間に頂上にいるという訳だよ。解るか?」牧夫は自分の語彙では、この話題に追いつけない事を承知でシンプルに答えた「はい・・・。登ろうとしてはいけないんですね」。牧夫は想像していた、何億年もの長い時間が経過し、あの商店街でマティカを頂上とした山が築かれていることを(信じる場所、自分にはないな・・・)。サイボーグは「ところで、あの12本の中で何を聴こうか?」と話題を変えてきた。牧夫が「正直なところ、あまり解らないんですよ薫子の趣味は。情けない話です。ところでサイ・・・あっ・・」と言った所で「斉藤でいいよ」とサイボーグが言った。(えっ?)「斉藤さんって、おっしゃるんですね?」「ああ、何か問題でも?」サイボーグの本名は斉藤さんだったのだ!二文字が合致していて牧夫はびっくりしたのだった。(意外と普通の名前だな・・・)「斉藤さんの趣味でいいですよ。何か良さそうなヤツ、ありましたか?」サイボーグは12本が全て頭に入っている様子で少しの間考え、車が赤信号で停止したところで「ジョニ・ミッチェルにしようか」と静かに答えた。その言葉が車内に響いて、前の座席で話をしていたマスターが「コート・アンド・スパークね、うん・・」と言って振り返った。(マスター達は知っているんだ、あのアルバムを)牧夫は、あの12本が全て把握されている事をあらためて知った。車が走り出して「お腹空いたねえ!」と雪男が吠えるように言った。
テディ
2006/11/14 20:30
ずいぶん間があったので心配しました。
マティック
2006/11/14 22:10
ご心配をおかけ致しました。
また、途切れ途切れに進んでいく予定です。
結末まで今しばらくお待ち頂きたいと思います。