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date 2005.6.7
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オススメアルバムその1


オススメアルバム、と一言で片づけてしまうにはあまりにも偉大な、「命の一枚」とでも言うべきドナルド・フェイゲンの「ザ・ナイトフライ」(1982年発表)。それまで活動してきたスティーリー・ダンに一度終止符を打ちソロ名義で発表されたものである。中学生以来、音楽鑑賞にのめり込んでいるが、やはりこのアルバムは最も特殊なカタチで、自分の肉体にとけ込んでいる。見たい風景が、全て詰まっていると言っても良い。ジャケットは、アルバムB面の2曲目「ザ・ナイトフライ」(タイトル曲ですね)のシーンを再現したもので、ベルゾニ山の麓にある「WJAZ」という小さなラジオ局という設定。フェイゲン本人がチェスター・フィールド・キングスをくゆらせ、何やらジャズについて蘊蓄を語っている。格好良く写りすぎている、との声は良く聞きます。「ソニー・ロリンズ・アンド・ザ・コンテンポラリー・リーダーズ」というアルバムを流している事が、目を凝らすと解る。しっかりとクレジットされてあるので、知っている人は多い筈(勿論、買ってます)。裏ジャケットは郊外の住宅。そのラジオ局かと思った時期もあったが、B面1曲目の「ニュー・フロンティア」のビデオクリップに登場する家です。このビデオもアルバム同様、フェイゲンが思春期に体験したキューバ危機を背景としており、核シェルターでふざけあうカップル(男はフェイゲン風)を主役に据えている。洒落た雑誌のカットが動き出したようなアニメを実写と合成させるなど、当時は斬新だったアイデアが惜しげもなく使われている。高校生の頃「早くこんな風に絵が描けるようになりたい」と悔しい思いをした作品。ミッドセンチュリー・スタイルが流行りだして随分と時間が経つが、ケーススタディ・ハウスやレイモンド・ローウィーのプロダクト・デザインなどのイメージは、黙っていてもこのアルバムにまとわりついて来る様に思える。(そういう意味では、今、買い!)
ビジュアル面の解説はこの程度にして、内容はどうか。A-1「I.G.Y.」は「国際地球観測年」をテーマとしたナンバーで、某テレビ番組のオープニングや、某パソコンメーカーのCMで使われた事を記憶している方も多いだろう。フェイゲンのレゲエ趣味が一気に昇華された作品。前期スティーリー・ダンで言えば、76年「幻想の摩天楼」における「ハイチ式離婚」、77年「彩」における「安らぎの家」(80年「ガウチョ」の「バビロン・シスターズ」を含んでもイイかも)の流れを一気にまとめ上げたものと解釈している。キャッチーなオープニングで一気に世界に吸い込まれる。続くA-2は、アルバムの流れをに加速させる「グリーン・フラワー・ストリート」。アルバムの中では2番目に好きな曲。今ではスティーリー・ダンのお家芸とも言えるテンポで、例えば最新作の「エヴリシング・マスト・ゴー」(2003年)における「ゴッドワッカー」などは近い印象だ。歌詞を辿ってみると、殺人事件をテーマに中国人が登場したり、音から映像を導き出す仕掛けが随所に見受けられる。何度読んだり、歌ったり?しても意味が解らないのが、フェイゲンやスティーリー・ダンの持ち味である。A3-4曲目はクールダウンを考えてか、ドリフターズのカヴァーと、バラードが続く。B面に移り、先ほどの「ニュー・フロンティア」である。当時、ベストヒットUSAのチャートにも顔を覗かせていたので、この曲が原体験となっている方は多いと思う、僕もその一人。同時代の他のアーティストと比べて、センスの際立ち方が異色だった。未だにそれを説明するのは難しいのだが、とにかく音楽自体が持っている触感に取り憑かれた。2曲目「ザ・ナイトフライ」は、最も好きな曲。第一印象ではアルバム中、最も地味かも知れないが、何千回と聴くうちにタイトル曲にふさわしい骨格を感じ取れる様になった。アルバムの最後を締めくくるB-3、4は、自分の中では繋がっている印象、アルバム中、最も聴きやすい事も影響している。B-3「グッドバイ・ルック」のビーチ、B-4「雨に歩けば」のマイアミなど南のモチーフを立て続けに配置しているため、A面から続く音の冒険は南下するイメージである事がより明確になっている。
音の魅力を言葉で伝えるのは難しい、誤解を恐れずに言うなら、フェイゲンの音楽は「音の鳴っていない」部分が決め手ではないか。空白と言うのか、隙間と言うべきか・・それらが何とも複雑なのである。この構造を一度知ってしまうと中毒になり、他のヌルイ音楽にはなかなか戻れないのである。ボヨ〜んとしているテンションを耳が受け付けなくなる。数十名に及ぶ目映いばかりのジャズ・ミュージシャンの手腕、ミキシングを担当したロジャー・ニコルズの作業による所も大きいが、音を風景に置き換えるのであれば、湿気が少なく、あらゆる距離に霞がかからない状態で建物(あるいは自然物)が配置されている状態。イラストを描く際も、こうした風景は最高の資料なのです。最近流行っている殆どの音楽は、最大レベルでガーガー鳴っているだけなので、自分にとっては音楽ではない。濁った空・・見通しが悪すぎる。悔しいのは、そうしたフェイゲンのコダワリが完璧すぎるがために、音楽を聴き流す人達にとっては、単純にスマートな音楽と捉えられてしまう点だろうか。勿論、ドライブデートにもオッケイなアルバムである事は保証しますが。変態レベルの作業の積み重ねで、自然に聴こえる音楽を構築している事が解ってもらえたらと思います・・。
最後に、フェイゲンはテクニックやテクノロジー至上主義の様な捉え方をされる事が多いと(勝手に)思っていますが、決してそんな事はないと言えます。言い方を変えると、とてつもない情熱を抑え込む手段として必要になっているだけですね。そういう姿勢を貫く事も、このアルバムが教えてくれた美学です。
「ナイトフライ」一家に一枚「無いと辛い」・・・。
「ニュー・フロンティア」のビデオは「ザ・ナイトフライ」のDVD-AUDIO盤に収録されているので、興味がある方は是非お買い求め下さい〜入手困難系なので、ネットで探してみてください。通常のCDは、普通に手に入りますので、こちらもよろしく。

Comments: 7 comments

  1. Dr.Hammer

    伝家の宝刀!遂に出てきましたね!
    全面的にマテさんのコメントに同意(笑)
  2. 何気なく書き始めたら長文になってしまいました。この長さでは読む人は少ないでしょうね〜。
    オススメアルバム・・という新コーナー?は果たして続くのでしょうか?
  3. マティックさんの解説には何も足すものが無いですね〜。
    個人的にラスト2曲が大好き。とか、バラッドでのマーカス・ミラーのベースが素敵とか・・・との個人的な一言くらい?(笑)
  4. このアルバムは、ベースプレイヤーにとっても、辞書の様な意味を持っているのではないでしょうか。まったくもって、スゴイ人たちばかり。
    ラスト2曲が好き・・というのはhrtさんの素直な趣向が表れていますね。「雨に歩けば」はビッグバンドをバックにメル・トーメが歌ったものがあります、チョイダサ、ですが。
  5. Dr.Moonlight

    我慢できずに書き込みしちゃいます。とうとうきましたね!「やはり!(沖彦)」という感じです。
    こちらでも先週の土曜日にスティーリー・ダンの話で盛り上がっていたのでなんともタイムリーでした。
    このジャケ、いつ見てもしびれます。音楽も最高で、まさに永遠の1枚と言えるアルバムですよね。
    ニューフロンティアのPVもドナルド・フェイゲンの世界観を見事に視覚化していて、何度観てもあきない素晴らしい映像でした。
    マティックさんのイラストを観るとフェイゲンの音楽の世界観と地続きに繋がっている感じがします。フェイゲンの音楽の印象とマティックさんのイラストの印象はぶれが無く重なります。
    SFとジャズで育ったちょっとひねた内気なサバービアンの少年が見る夢という所が2人の共通点でしょうかね?イカす!
  6. よっちん

    市内に【老舗ジャズ喫茶・パノニカ】ってあったんですが、初めて連れて行ってもらった時のドキドキ思い出します。まだお酒の味もわからないお子ちゃまだったし、独特でオトナの場所でした。今思えば背伸びして生意気だった・・(苦笑)
  7. ドクター・ムーンライトくん→
    ようやく書き込んでくれましたね。サバービアンの少年が見る夢として、確かに共通する点はあるんでしょうね、時代も場所も全く違いますが。中途半端なメッセージであれば、ギターをかき鳴らしたり、声高に叫んだりすればいいんでしょうけど、フェイゲンはクリエイターとして最終地点に向かっています。今更、というネタでしたが、トラックバックが多くて嬉しいです。
    よっちんさん→
    ジャズ喫茶で緊張〜!という体験は、確かにあります。特に自分はタバコを吸わないため、間が持たなかったりして。このアルバムは、当時レコードの帯に「ロック/フュージョン/AOR」と書かれてありました。カテゴライズしにくいのですが、ジャズそのものではないです、聴きやすいと思います。