田中一村展・新たなる全貌
鹿児島市立美術館で開催中の「田中一村展・新たなる全貌」に出かけてきました。第一次田中一村ブームというのは、1988年、僕が大学三年生の頃。奄美大島で教員をしていた叔父から、突然画集「黒潮の画譜」が送られてきたんです。日曜美術館が火付け役の様ですが、自分は見事に見逃していました。当時はバブルの末期で、企業は広告宣伝費に対して潤沢な予算があり、デザイナーやイラストレーターも花形職業だった。何とか自分もイラストレーターになろうという一心で右往左往していたんですが、この画集を見て、何か、全く違う方向からガツンと衝撃を食らったような感覚を覚えた。いてもたってもいられなくなり、叔父の家を訪ねることに。大学では丁度「民俗学」の授業を取っていたので、ついでに一村と関わりのあった大島紬の工場や名瀬の図書館などを回って、その図案についてのレポートを作成したんです。メインの目的は、勿論一村が見たであろう風景を自分のカメラに収めること、スケッチすること・・・。本土とは明らかに違う風景や植生は、焦っていた自分の気持ちとは裏腹に、凛としてそこにあるもので、目に焼き付けて帰るにはあまりにも膨大な情報量だったことを思い出します。結局、次の年も大学の友人と再び奄美を訪れて、記憶の増補作業。そうこうしている田中一村の生き方そのものについても、随分と影響を受けました。公募展に落選し続けたり、中央の画壇と馴染めかった事、奄美に渡った様子などは、恐れ多いんですが自分の人生と無理矢理重ねている重要なポイント。奄美に渡ってからの狂気に満ちたともいうべき作品群は、自分が鹿児島で生活する様になってから違う受け取り方をするようになってきた。つまり、あの創作意欲というのは、地の果てから東京に向けて発信するという行為、描いて描いて、その信念を遠くまで届けようとする気迫によって支えられていたのではないかと。技法としては日本画ですが、保守的な体制の下では絶対にあり得ないモチーフの数々は、価値観を壊す闘いの印の様にも見えますし、当然、そうして得られた画風はジャンルを超越することになる。一度も個展をすることなく他界した一村・・・カタログを見ると、細かな研究が始まったばかりという印象。何故、生前にこの才能を鹿児島発全国区にすることが出来なかったのかが悔やまれる(本人は望んでいないかも)。絵そのものに取り組む姿勢は内向きだから、端から見ていても気がつかないかも知れないが、嗅覚の鋭いキュレーターや美術愛好家の方達は、世界の美術トレンドオシャレ動向などは無視してこうした逸材を発掘し幅広く紹介するべきではないだろうか。今回の展覧会場では、偉そうなオッサンがウンチクを傾けつつ鑑賞する横で、絵手紙系のおばさんが「この柿食べられそう」と感想をもらしているかと思えば、若い女性が「カワイイ〜」と叫んでいる姿も。こうした幅広い層に訴求している芸術性も素晴らしい。興味の対象が「薄く・細い」現在のクリエイターは、結果として狭いゾーンにしか訴えられない作品しか生み出せないことを、一村を通して自覚してみてはどうかと思う、勿論自分も含めて。会期は7日まで。もう一度行くぞ〜。(オーテマによる関連記事・かごしま旅情報106号)















しば
2010/11/01 20:11
実は、いつこの記事が上がるかな〜と、待ってました。
たしか画集の帯に「昨日まで無名でした。」でしたっけ、あの糸井さんのコピーもぐっときたもんです。
今では書店でも3、4冊画集を確認できます。不思議な感じです。
「若沖」の次は「一村」ってことですかね。
おそらく、日曜美術館の放送もあったので客層も広がったのかと思われますが、
『薄く・細い』忘れがちな注意事項ですね!
日本人は「孤高」と言うフレーズに結構弱いってのもあるのかな〜?
ohtematic
2010/11/01 20:43
先日、千葉で行われた同展は、美術館前に長蛇の列が出来ていたり、カタログが品切れになってしまったりという物凄い状況を、複数の友人から聞いていました。鹿児島は、本拠地で一村の美術館があるからなのか、割と楽に見られました。「孤高」!というのは実にひっかかるフレーズですけど、どうやら「孤高」が流行った時期もある様です。どういう事なのか良く解りませんが、その手の芸術家が増えたら、それはそれでどうしようもなくなる訳で。「昨日まで無名でした」というのは初めて聞きましたが、ブレイク前から周辺には勿論、支援者が結構いたようですし、地元にも馴染んで活動していたようです。
コチロカンパニー
2010/11/01 23:01
みんながあまり立ち止まらない花の絵の一部に「ポップだなぁ」と、時代背景には想像できない色や感覚に更に衝撃も深まりました。う~んクリムソン。
村上隆さんも日本画出身で、今回の田中一村展を観て(絵を専門に勉強したことはないんですが)通じるトコが見えたコト、実力がなきゃポップも至高にいけないんだなぁと感じました。。。
いやぁ、ガツンときました。
ohtematic
2010/11/03 07:45
コメント有り難うございます。田中一村も村上隆も、やはり圧倒的なデッサン力に支えられています。その部分を軽視して活動している作家には、結局惹かれないんですよね。