古い石垣にて
我が家にアクセスするためには、幅2.5メートル程の里道を通らなくてはならない。50メートルほど進んだ後、古い石垣に挟まれたスロープを登り切ると、ようやく玄関にたどり着く。夏場になると、その里道は山から流れてくる水で湿り、数え切れない程のベンケイガニが石垣から顔を覗かせるようになる。エサを求めて道の中央を歩いているカニもいるが、僕が近づくとサササッと素早く石垣の住処へと隠れてしまう。ある日、僕はそんなカニの中の一人と目が合ったので、思い切って話しかけてみた「髪を切ってくれないか?」と。カニは快く承諾してくれ、僕を石垣の中へと導いてくれた。あたりは暗いかと思いきや、そうでもなく・・・夏だというのにひんやりとしていて、心地よい。カニが「こちらへどうぞ」と歩き始めたその先に、お馴染みのクルクル看板が!はたしてそこには、歴とした床屋があったのだった。店内は想像以上に広く、掃除も行き届いている様に見えた。こんなに近所にあるんだったら、もっと早くから利用しておけば良かった!僕はほどなく椅子に案内された。古くから丁寧に使われてきた風合い、革張りで、クッションはちょっと堅めだった。鏡越しに見る見慣れた風景は新鮮でいて、どこか滑稽に映った(石垣の隙間の奥に、我が家の玄関が小さく確認出来た)。
見事な手さばきによる散髪は髭剃りも含めて40分ほどで終わり、カニは僕に帰り際に小さな紙を手渡しながらこう言った「また来てください」。僕が店を出ると、クルクル看板の照明は消され、石垣の中も暗くなった。敷地内での出来事ではあったが、いつもよりも玄関までの距離が長く感じられた。夕食の時間、先ほどの紙をポケットから取り出して良く見ると、それは手漉きの和紙に「メンズカットサロン入来院」というゴム印が押してあるポイントカードであった。あのカニは入来院という名前だったのだろうか?髪の毛が伸びたら・・・二ヶ月後くらいだろうか・・・また行ってみようと思う。
AikoAZ
2009/01/04 13:55
マティック
2009/01/04 14:09
日本には童謡「あわて床屋」というカニの床屋さんの歌がありますから、みんな自然と解るんじゃないかと思うんです。欧米では解りづらい比喩なのかも知れませんね。ホラーとして捉えていただいても全然構わないですが・・・。
Tessy
2009/01/04 14:37
雑誌「アウトドア」か「SFマガジン」か。おもしろいです。
ちなみに昨夜の食卓は、カニでした。関係ありませんが。
この右手のカニが、鏡との奥行きを、さらに際だたせていてすっきりしていいですね。勉強、勉強。
今年、はじめて紀伊国屋に行って、Web関係の専門書を見て、
うむ?
似たようなイラストが、と思い、表紙裏を見たがなし、では裏表紙を、なし。
しからば、とぺらぺらと探しまくり、
やっとブックカバーに、大寺さんの名前があるのを見つけ出し、ほっと安心して本棚に返したTessyでした(だったら買えよっ)!
ということで、今年もよしなに!
マティック
2009/01/04 15:01
今年もよろしくお願いいたします。
カニ・・・豪華な食卓ですね〜!(まさかベンケイガニではないですよね)
「SFマガジン」って、今は知っている人が少ないかも知れませんね。僕らの少年時代はSF全盛期でしたから、当然影響大な訳ですけど。
紀伊国屋で出会った書籍、おそらくシリーズで出ているものですが、僕も内容についてはまったく解らないんです・・・。それにしても、正月早々、勉強熱心ですね。
テディ
2009/01/04 19:56
一気に引き込まれました!
宮沢賢治の『注文の多い料理店』を
彷彿させます。
マティック
2009/01/04 22:15
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
宮沢賢治・・・ですか!お世辞でも嬉しいです。
この話、新聞に載せたんですが、反応がなかったので寂しい思いをしていたところです。