我が家のリビングルーム、テレビの下の棚はこんなカオス状態になっています。自分の持ち物は、真ん中のニエン・ナン(ナイン・ナン)氏のみ。彼は「ジェダイの復讐(帰還)」におけるエンドアの闘いで、ランド・カルリシアン男爵とミレニアム・ファルコン号に乗り込んで第二デス・スターを破壊したキャラクターなのです。
時を超えて場所を超えて集結したこのチーム。仏像よりも古くから存在するのはゴキブリくん(プルバック式)でしょうね(見えづらいかも知れません)。
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カオス
ケトル
たまに買ってしまう雑誌「ケトル」。今回は「ブレードランナー」特集です。Amazonでは既に売り切れていましたが、地元の書店で奇跡的にゲット。自分たちの世代にとっては、金字塔の様な作品。「ブレードランナー」以降のSF作品は、例外なく影響下にあると言ってもよく、世界観を構築することの意味を絶えず問いかけている一本なのです。しかしながら、若い作家の人たちにこの映画の凄さを説明するのは極めて困難になってきました。スター・ウォーズに関してもそうなのですが。
高校1年生だった自分は、記憶では友達4人(もちろん野郎ども)と歌舞伎町の「新宿ミラノ座」に観に行ったんですね。帰り道に雨が降っていて、歌舞伎町のネオンと組み合わせが、この映画と一緒だった。「舞台はもう出来上がっている!」と素直に思いながら帰路に着いたことを思い出します。「スター・ウォーズ」はSFの世界に生活感を持ち込んだ最初の作品と言っていいと思いますが、「ブレードランナー」はもともと地球の話ですから(2019年のロサンゼルスが舞台)、更に一歩踏み込んだリアリティがありました。この頃シド・ミードによる設定資料が「スターログ」というSF雑誌で紹介され、僕は本に穴が開くほど観続けた記憶があります。また同誌のショップもラフォーレ原宿の地下1Fにありましたね。ラフォーレにテナントとして入る、という勢いが当時のSF界にあったことは、今からすると想像は出来ないかも知れません。しかし、こうした海外のSF作品や日本のアニメ、その周辺への興味が当時の若者を大きく動かし、今は秋葉原全体がポップカルチャーの街へと変貌していったことにも繋がっていると思います。
ハリソン・フォードについて、リドリー・スコットについて・・・語りたいことは山ほどありますね・・・
リュウグウノツカイ
「いおワールドかごしま水族館」でリュウグウノツカイが展示されていました。魚市場で扱われる様に氷が敷き詰められていて、実際に触ることも出来ました。錦江湾に打ち上げられていたものだそうです。これまでは海洋堂の模型か、標本でしか見たことがなかったので感動〜
それにしてもリュウグウノツカイ、これは適切なネーミングですね。竜宮城からやってきたんですから。数多い深海魚の中でも圧倒的な存在感があります。それにしても錦江湾恐るべし・・・中心市街地に近い内海であるにもかかわらず、深海を有しているというのは、世界的に見ても珍しいのだそうです。
話はズレてしまうかも知れませんが、鹿児島は、こうした深海魚に目を向ける様な場所になってほしいんです。駅ビルやショッピングモール、高層マンションなどが投資対象として勢いがある様に見えますが、都会の真似事で終わっています。鹿児島の場合は、やはり海や山へ投資した方が、発展の可能性は無限大に膨らむと思います。子供から大人まで、きちんと遊べる様にもっともっと出来ることがありますよね。
ROGUE ONE -A STAR WARS STORY-
「エピソード7」は全てのファンへの気遣い、次世代への継承がテーマになっていたと思う。結果として良くも悪くも「ベスト・オブ・スター・ウォーズ」の様な仕上がりになっていた。
対して、この「ローグ・ワン」は、自分の様な1970年代後半から80年代前半に思春期を送った世代への贈り物という性格が非常に強い。誰しも、意識/無意識の境目なく、中学生から高校生にかけての数年で吸収したもの、影響を受けた文化が生き方のベースになっていることが多いと思う。なんだかんだ言って、その後社会人になってから出会ったものというのは、そのベースの上澄み液の様なものだ。
ガンダムファンの間では「ファーストガンダム原理主義者」と言われる人たちがいるそうだ。いろんな後発ガンダムシリーズが作られていく中で「最初のテレビシリーズを上回る何かは創出されていない」という価値観がそこにはある様だ。自分はガンダムのことは殆ど知らないけど、充分納得できる感覚だ。
スター・ウォーズシリーズにおいても、同じ意味で原理主義者は数多い。1977年(日本公開は翌年)の一作目のカルチャーショックを上回るものはない。技術が進んで、特撮の時代からCGIになって合成のアラがなくなったり、画面の情報量が格段に増したり、映画としての密度やクオリティは、間違いなく1977年よりは高まっているのである。しかし脳内にもたらされた衝撃については、小学校6年の、あの夏がピークなのである・・・
(鳥のひなが、最初に見た動物を親と思う感覚とほぼ同じと考えてください)
「ローグ・ワン」は、物語については、前半、特に整理されていない印象を受ける。初日に家族で観に言った自分は、劇場を出た時に「つまらなくでゴメンね」と言う決意を中盤で意識していたほどである。しかし、しかしである・・・後半の畳み掛ける様な演出によって、涙が止まらなくなってしまったのだった!「タメ」がかなり効いていただけに。結局、劇場を出て家族には「ローグ・ワン、やべえ・・・やべえ・・・」と放心状態の感想を繰り返す始末。
何が「ローグ・ワン」の魅力なのであろうか・・・それは原理主義者にとってのファースト・インパクトに帰結するアレ、アレ、アレ・・・に他ならないのだった。スター・ウォーズの世界の原風景をもう一度観られたという喜び(言い方を変えれば自分の人格が形成された瞬間に立ち会えるという驚き)。そして、この世界に帰属してきて良かったという純粋な喜びなのである。
オヤシラズ・・・
4/23頃から歯が痛み出し(眠れないレベル)、4/25にかかりつけの歯医者さんに行ったところ、親知らずと診断された。薬で治らない場合は、大学病院で抜歯という流れだったが・・・結局、抗生物質と痛み止めは効かなかった。次の予約まで耐えきれず4/28に他の歯医者さんに行ってしまった。ここではCTスキャンなどを行い、親知らず以外の原因が考えられるとのことだった。ゴールデンウイークも間近だしとにかく痛みを取りたい。結局、後述の歯医者さんで4/29、親知らずではなく、歯の神経を二本分抜いた。
抜いた日(つまり昨日)も痛みが取れず、処置は間違いだったかと絶望していたんですが、今ようやく落ち着いてきてこのブログを書いているところです。
歯医者には三ヶ月に一回の定期検診を欠かしていなかったし、毎食後の歯磨きもできるだけ行ってきたがこの始末。子供の頃から、歯には色々と悩まされてきました。
今回の痛みは特にひどく、子供達に「おばあちゃんとお母さんをよろしく頼む!」と冗談交じりの弱気発言も飛び出した。
自分と歯医者さんに関しての個人史を見る限り、人類はまだまだだと思う。虫歯のない社会は来るのであろうか?再生医療などが進んで高齢者でもピカピカの自前の歯でいられる時代は来るのであろうか!
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画像は鹿児島水族館の「メガネウオ」くんです。
「ロングテーブルギャラリー」(日曜日の過ごし方)
昨日(4/23)10時から16時半まで「永吉銀座」の壁面にぬいぐるみが飾られる1日だけの展覧会がありました。
(場所についての基本的な説明をしておきますと)ここ、以前は猫が住み着いていた、ほぼ廃屋に近い建物でした。手前の空き地にも廃屋があったのですが危険なので地権者と交渉して取り壊してもらいました。
地域の皆さんの協力のおかげで、この場所の価値が変わり始めています。「ぬいぐるみを飾って何になる?」という疑問を持つ方も少なくないはず。しかし、昨日の例で言えば、この建物を中心に子供達が遊ぶ様になり、泥団子を作ったり、オモチャを撮影したりと、想定外の遊び場が勝手に形成されました。焼きそばや炊き込みご飯、メロンなどの差し入れもあって・・・少ない参加人数でしたが意味としては「大賑わい」だったんです。
「既に価値が創造されている場所には興味がない」「消費者にはならない」これはほとんどのクリエイターが持っているサガの様なもの。そういう意味で自分にとって田舎は面白い場所です。
最近「大寺さんはゴルフはされないんですか?」という質問を何度か受けました。あの様に、誰かが整備した美しい場所、ルールも決まっているところに乗り込んでいくのは、なかなか厳しいものがあるんです。同じくテレビゲームについてもそう(今はテレビゲームって言わないかな)。誰かが作った世界に飛び込んで時間を費やすというのが、どうにも苦手なんです。スーパーファミコンをやっていた時期もありましたけどね。やはり作る方が断然楽しいから。
この展覧会を企画した浅倉光雄さんが「不毛な取り組みに付き合わせてしまって申し訳ない」とおっしゃっていましたが、いやいやそんなことはなく・・・一見無駄と思えるもの、ノイズの様なものに真剣に向き合えて素敵な日曜日でした。
展示についての監修はMichiko Masumitsuさんでした。ありがとうございました。
蓑笠市ハイライト(6)初参加編
蓑笠市ハイライト、今回がひとまず最終回です。
画像上:「山ちゃん堂」今回初出店でした、昨年末に中部地方から移住してきた若いご夫婦のお店。古民家に残っていた小道具や食器を(もちろん持ち主の許可を得て)、「お好きにど〜ぞ」という看板を掲げてタダで持ち帰っていただくという企画でした。同時に、ギザ10(側面がギザギザの十円玉)も集めていましたが・・・これは山ちゃんの師匠に届けるために継続的に行なっている活動だそう。
画像中:竹迫出さんによるワークショップ(EDION千田デンキの店内)。
画像下:北畠清仁さんのブース。「江口浜の防潮堤によって吹上浜の砂の流れが変わった」という説明パネルが並んでいます。北畠さんとは「西田橋の拓本」の展覧会で知り合ったのですが、常に公共工事のあり方を見つめていらっしゃる方です。
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「蓑笠市」は進化を遂げている訳でもなく、後退している訳でもなく・・・毎年の参加者の業種やスタイルによって随分と雰囲気が変わります。次回は12月に行われる「歳の市」です。スタッフが毎回足りていないので、一緒に活動出来る方を随時募集しております!一緒に永吉の未来を考えましょう〜!
蓑笠市ハイライト(5)
永吉の有名な香港料理屋さん「聚福園」。マスターの蔡永祥さんのパワーはとどまることを知りません。いつもアサカツを行なっている「永吉銀座」の修復工事も、蔡さんの手による部分がかなり大きいんです。まだ「永吉銀座」が朽ち果てた古民家だった頃に「埃がたまっているから水洗いした方がいい」と言って、ホースを室内に持ち込んでジャージャーと、家を丸ごと洗っていた姿も印象的でした。
料理人の腕はお墨付きですが、それ以上にオブジェや遊具制作にかける情熱もハンパないのです。聚福園に行ったことのある方はお分かりだと思いますが、お店の周辺には蔡さんの手がけた作品がズラリと並んでいます。いくら作っても満足しない、という気持ちが伝わってきます。画像上は、ずっしりと重い亀のオブジェ。よく見ると卵を生んでいますね。
画像(中)は、いつも聚福園にある飛行機の遊具。子供が乗れる大きさです。プロペラも激しい音を立てながら回りますよ〜。
画像(下)は、今回の蓑笠市で蔡さんが担当された食品ブースの模様。こうして写真に撮ってしまうと非常に分かりづらく残念ですが、いつもは空き地で車が停められているんです。そこに香港料理「聚福園」韓国料理「Cafe J」パン屋とお菓子「前田家」、それから初参加の海老原さんによるお抹茶席も設けられ、とても不思議な空間が出来上がっていました。
蔡さんの瞳は、いつも子供の様にキラキラしています!
蓑笠市ハイライト(4)
隣町の観光牧場「鳩野牧場」さん。これまではポニーでしたが、今回は普通の馬(なんという種類なのか分かりませんが)の乗馬体験。やはり動物がいるとイベントの雰囲気が随分と変わりますね。なんと鳩野さんはこの馬に乗って会場まで駆け付けて下さいました。この日は天気が悪く、いつもの様にトラックに馬が乗ってくれなかったとのこと。
鳩野牧場さんは酪農体験や、牧場婚活イベントなども開催されているそうです。
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