ohtematic.com

news

date 2006.10.8
category living
tags
comments closed
RSS RSS 2.0

連載小説・昭和の高校生 第六回


同じクラブ活動をしている。少なくとも牧夫は、これまでそういう「場」に気持ちの殆どを置いていた。楽しい。無意味なものでもないと思う、しかし「皆、違う世界で行きている」という、ごく当たり前の事を頭の隅に追いやるための逃避の時間だったのかも知れない。薫子の進路の件で、初めて「1人であること」を実感したのだった。これから、何をしたらいいのだろうか。
家に帰った牧夫は、薫子が録音してくれたテープをカバンから取り出した。中に手紙が入っていると期待していたが、LPのジャケット、歌詞カードをコピーしたものが同封されていただけだった。コピーの精度は悪く、スティングの横顔は潰れていた。カセットテープのパッケージの裏側に、レコーディングデータを書き込む欄があり、ノイズリダクションの有無と、録音された日付だけが書き込まれていた。紺色のインク、万年筆で書かれたものの様だ。これまでの11本も、恐らく同じ筆記具で書かれていた様に思う。
「やるか」そうつぶやいて、机の引き出しからインスタントレタリングのシートを取り出した。「気合いを入れてインデックスを作ろう。最後だしな・・・」(牧夫は、こうした「ちょっとした用事」を作り、「今日すべき事」を先送りにするクセがあった。)とりあえず、今回のアルバムにふさわしい書体と大きさを選ぶ。アルバムタイトルは手書きで再現することにしよう。「左半分がタイトルで・・・。」インデックスカードの背の部分に、どうデザインするか計画を練った。シャープペンシルで、殆ど見えないようなガイドラインを引く。縦に1本、横に2本。ゼニヤッタ・・・のタイトル文字を見ながら下書きする。「何なんだこの文字は・・・」その後、カブラペンと墨汁で、丁寧になぞっていく。中学の頃、漫画家になりたかった牧夫だったが、物語を組み立てるのが下手で、挫折した。指先の記憶を頼りにペンを走らせた。「これでよし」文字を書き終えて、洗面台に走る、ドライヤーの出番だ。墨汁は乾いたと思っても手に付く場合があるので、念を入れて何度も温風を当てた。あまりにうるさいので、母が台所から「何してるの」と叫んでいる。揚げ物の匂いがする。無視して部屋に戻った。ここでインレタの出番。アルバムのバランスを踏襲して「THE」と「POLICE」で文字の大きさを変えたい。先ほどのガイドラインに沿って、丁寧にシートを充て、上からこすっていく。牧夫はその工具として鉛筆を使っていた。専門用具があると聞いてはいたが・・・。全体のバランス、字間も納得出来るレベルで収まり、両手でインデックスカードを頭上に掲げた。更に全体感を確認しようとしたが、母の「出来たわよ」という声と自分の「出来た」というつぶやきがシンクロして驚き、ピントが天井の照明に合ってしまった。虫の死骸が何体も重なり合っているのが確認できた。

Comments: 7 comments

  1. NHKに「クロスオーバーイレブン」という短編小説とイージーリスニングで、構成された大人なラジオ番組がありましたが…
    そんな雰囲気もあって、なかなかイイですよ。カセットの背に、わたしもよく描きました。ただ、写すのではなく、筆に勢いがないと、単なる「なぞり」になるので、気合いで「えいやっ」と、やってましたね。表面がつるつるなので、熱いぐらいにドライヤーも、掛けないと失敗しちゃうんですよね。ふふふ、思い出した、思い出した。
    街も深い眠りに入り
    今日もまた 一日が終わろうとしています
    昼の明かりも闇に消え
    夜の息遣いだけが聞こえてくるようです
    それぞれの想いをのせて過ぎていく
    このひととき
    今日一日のエピローグ
    クロスohtema・イレブン
  2. Tessyさん→
    クロスオーテマー・イレブンPM、やりますか!?Podcastingで・・・。
    カセットのインデックスカード、僕も牧夫の様に気合いを入れてましたよ。サントラとか、ロゴを模写して・・・。あのような気合いを取り戻す意味でも、この小説を書いています。すぐに終えるつもりが、長くなってきました・・・。
  3. mimiうさぎ

    私もどんどん思い出してきました。ああ~インデックスカードね。デザイン的に素敵なのもいいけど、書き殴り見たいでも好き人にもらったのは嬉しかったなぁ~時間の痕跡みたいで。。
    今、そんな感覚も薄れて来てますよね。メールで言葉は氾濫しているのに。
    それにしても、マティック氏はそんなラブレターみたいなメモ待ってたのですね。ワザと書かないのも女の子のテクニックですよ。万年筆・・ここあたりは意味があるな~
    続編楽しみで~す。
  4. 男子校出身者には共学校の甘酸っぱい感じが
    鮮やかに羨ましく…(笑)
    僕はムラッ気があってインデックス気合入れた時と
    書きなぐった時の差が激しかったです。
    サウンドストリートからラジオドラマを挟んでクロスオーヴァーイレブンへ…
    当時の高校生のゴールデンタイムでしたね。
    火曜は坂本龍一が最後に「今夜はオールナイト」って言って
    クロス~は現代音楽で高橋悠治とか聞いて
    高橋幸弘のオールナイトニッポンを25:00まで待つのが
    常でした。
  5. mimiうさぎさん→
    わざと書かないのもテクニック・・・!mimiさんの恋愛の駆け引き、いろいろとあったんでしょうね・・・今も??勉強になります。
    Sputnikさん→
    あの頃のラジオの雰囲気、とても知的で、大人でしたね。早くこういう音楽に詳しくなりたい・・とか、子供である自分を腹立たしく感じたものでした。今の文化って、かなり若い人にシフトしてしまっている様に思います。自分が歳をとっただけかな?
  6. ふ゛り

    「キャリブレーション バイアス 調整」のキーワードでググってこちらに辿り着きました。
    なんとも片岡義男がオーディオネタで短編を書いたような感じですね。
    楽しく読ませていただきました。
  7. ぶりさん→
    「キャリブレーション バイアス 調整」のキーワードでググって・・・?何とも恐るべしGoogle!・・・カセットデッキをお探しなんでしょうか?この小説、現在後半の内容を詰めているところです、かなり滞っていますが。お暇なときに、またいらしてください。